第4章 日本文化は「作法」を育ててきた 情感資本によるしなやかな社会づくり ④
- 13 分前
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【内容】
1.文化は、「作法」として受け継がれてきました
2.日本文化には、情感を育てる作法がありました
3.今、私たちは新しい作法を必要としています
1.文化は、「作法」として受け継がれてきました
文化は、本を読んだだけでは身につきません。
誰かに教えられるだけでもありません。
私たちは、日々の暮らしの中で繰り返し実践することで、少しずつ文化を身につけてきました。
例えば、お正月になると初詣へ行きます。
家へ上がる前には靴をそろえます。
食事の前には「いただきます」と言います。
お茶を入れるときには相手を思いやります。
これらは法律で決められたものではありません。
誰かに強制されるものでもありません。
それでも、多くの人が自然に続けています。
なぜでしょうか。
それは、これらが「作法」だからです。
作法とは、単なる決まりごとではありません。
人との関係を大切にし、自分の心を整え、暮らしを豊かにするために育まれてきた知恵です。
文化は理念として語られるだけでは続きません。
日々の作法として実践されることで、初めて暮らしの中に根づいていくのだと考えます。
2.日本文化には、情感を育てる作法がありました
日本には、数え切れないほど多くの作法があります。
茶道では、お茶を点てる技術だけでなく、相手をもてなす心を学びます。
華道では、花を飾ることを通して季節を感じ、自然への敬意を育みます。
武道では、強くなること以上に、自分自身を律する姿勢を大切にします。
民藝では、毎日使う器に美しさを求めました。
民謡では、暮らしの喜びや苦労を歌にして、人々で分かち合いました。
祭りでは、一緒に準備をし、一緒に祝い、一緒に片付けをすることで、地域とのつながりを育てました。
これらは、一見すると全く異なる文化に見えます。
しかし、その本質は共通しています。
どれも、人の情感を丁寧に受け止め、それを人と共有し、暮らしの中で育てる作法なのです。
つまり、日本文化とは、美しい作品を残すことではありません。
美しい生き方を育てることだったのです。
だからこそ、日本文化は何百年もの間、人々の暮らしの中で受け継がれてき他のではないでしょうか。
3.今、私たちは新しい作法を必要としています
しかし、現代の暮らしは大きく変わりました。
地域で顔を合わせる機会は減り、近所付き合いも少なくなりました。
祭りに参加する人も減り、民謡を歌う機会もほとんどありません。
便利になった一方で、人と自然に関わる作法が少しずつ失われてきたのです。
もちろん、昔の暮らしへ戻ることはできません。
また、それが正しいとも思いません。
時代が変われば、暮らしも変わります。
だから必要なのは、昔の文化をそのまま復活させることではありません。
大切なのは、その文化の中にあった知恵を受け継ぐことです。
民謡という歌を残すことよりも、「人々の情感を分かち合う」という知恵を受け継ぐこと。
祭りという形を守ることよりも、「人が共に喜び、共に願う」という作法を受け継ぐこと。
民藝という器を集めることよりも、「暮らしを美しく育てる」という感性を受け継ぐこと。
私は、成熟社会に必要なのは、このような日本文化の本質を現代の暮らしに合わせて編集し直すことだと考えています。
つまり、新しい文化をつくるのではありません。
日本文化が育んできた作法を、現代の暮らしの中でもう一度息づかせることです。
その現代の作法を、私は「MINYO(民謡)」と呼びたいと思います。
次章では、この「MINYO」とは何かについて、具体的に考えていきます。
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