第9章 街の行動OSという発想
― 空間をつくる時代から、行動を育てる時代へ ―
【内容】
1.魅力的な街には「行動のきっかけ」があります
2.街の行動OSが日常を豊かにします
3.街づくりは「管理」から「誘発」へ
1.魅力的な街には「行動のきっかけ」があります
メルボルンを歩いていて、もう一つ気づいたことがあります。
それは、人々が特別な理由もなく、自然に街で過ごしていることでした。
朝のカフェでコーヒーを飲む人。
ヤラ川沿いの芝生に座る人。
図書館前の階段で読書をする人。
レーンウェイで立ち話をする人。
どの行動も、誰かに指示されたものではありません。
イベントがあるからでもありません。
人々が、ごく自然にそうした行動を選んでいるのです。
では、なぜそのような行動が生まれるのでしょうか。
それは、街の中に「やってもよい」という雰囲気や、「こう過ごすと楽しい」という空気があるからです。
ベンチがある。
テラス席がある。
芝生へ座る人がいる。
コーヒーを片手に歩く人がいる。
そうした何気ない風景そのものが、「私もやってみよう」という気持ちを生み出しています。
私は、このような街全体の仕組みを、「街の行動OS」と呼んでいます。
コンピューターにOSがあるように、街にも人々の行動を支える見えない仕組みがあるのです。
2.街の行動OSが日常を豊かにします
これまでの街づくりは、道路や公園、建物など、ハードの整備が中心でした。
もちろん、それは今でも重要です。
歩きやすい歩道、安全な道路、魅力的な建築は、街づくりの土台になります。
しかし、それだけでは人の行動は変わりません。
美しい公園があっても誰も座らない。
広場があっても誰も会話しない。
公開空地があっても通り過ぎるだけ。
そのような場所は日本にも少なくありません。
一方、メルボルンでは、人々が自然に滞在しています。
その違いは、「空間」ではなく「行動」にあります。
人が座りたくなる。
歩きたくなる。
寄り道したくなる。
誰かと話したくなる。
こうした行動をやさしく後押しする仕組みが街の中に組み込まれています。
私は、これからの都市には、このような行動を育てる仕組みが必要だと考えています。
ハードが街の骨格だとすれば、街の行動OSは、その街に命を吹き込む存在なのです。
3.街づくりは「管理」から「誘発」へ
成長社会では、街づくりの目的は秩序を保つことでした。
用途地域で機能を分け、道路を整備し、安全を確保する。
それは高度成長期の日本にとって欠かせない考え方でした。
しかし成熟社会では、それだけでは街の魅力は育ちません。
これから求められるのは、人々の行動を制限することではなく、豊かな行動を誘発することです。
公開空地を「公開価値」へ。
公と民を分けるのではなく、「半公共」という新しい関係へ。
イベントを開催するだけではなく、日常の行動を少しずつ変えていくこと。
例えば、朝のコーヒーを街で楽しむ。
昼休みに芝生で過ごす。
夕方に川辺を散歩する。
週末には街の小さな活動へ参加してみる。
そんな日常の行動が積み重なることで、街への愛着が生まれ、人と人とのつながりが育っていきます。
街の行動OSとは、街を管理するためのルールではありません。
人々が「この街で過ごすことは楽しい」と感じられるように、行動をやさしく誘発するための仕組みです。
メルボルンで見た数々の風景は、そのことを私に教えてくれました。
そして、それは日本の街でも十分に実現できる可能性があると考えます。
次章では、本書のまとめとして、「Walkable」から「Stayable」、そして「Lovable」へという、新しい街づくりの方向性について考えていきます。成熟社会に求められる都市の姿を、メルボルンから学んだ多くの気づきを踏まえて整理したいと思います。
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