第5章 水辺は都市最大のサードプレイス
- 2 時間前
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― ヤラ川が教えてくれた「滞在する街」のつくり方 ―
【内容】
1.ヤラ川は「眺める川」ではなく「過ごす川」でした
2.人が集まるのは、水辺ではなく「過ごし方」です
3.日本の水辺も、もっと暮らしに開くことができます
1.ヤラ川は「眺める川」ではなく「過ごす川」でした
メルボルンを訪れて驚いたのは、ヤラ川が街の中心的な居場所になっていたことです。
休日になると、多くの人が川沿いを散歩し、芝生に座り、テラスで食事を楽しみ、ただ景色を眺めながらゆったりとした時間を過ごしています。
川沿いにはレストランやカフェが連なり、遊歩道にはランナーやサイクリスト、犬の散歩を楽しむ人々が行き交います。橋の下には(橋脚を活かした)水上カフェまであり、街全体が川と一体となって暮らしているように感じられました。
印象的だったのは、多くの人が「何かをするため」に来ているのではないことです。
本を読む人、友人と語り合う人、芝生で昼寝をする人、ただベンチに座って川を眺める人。それぞれが思い思いの時間を楽しんでいます。
都市の中に、このような「何もしなくても心地よい場所」があることは、とても豊かなことだと感じました。
ヤラ川は、水を管理するためのインフラではありません。
市民の日常を支える「街のリビング」として機能しているのです。
2.人が集まるのは、水辺ではなく「過ごし方」です
日本にも川や運河は数多くあります。
しかし、その多くは堤防によって街から切り離され、「洪水を防ぐ施設」として整備されてきました。
もちろん、安全を守ることは最優先です。
しかし、その結果、水辺は「近づかない場所」「眺めるだけの場所」になってしまいました。
一方、ヤラ川では、水辺に近づきやすい緩やかな護岸や芝生広場、テラス席などが連続し、人が自然に滞在できる環境が整えられています。
つまり、人が集まっている理由は「川があるから」ではありません。
そこに座れる場所があり、食事ができ、音楽が流れ、人と出会い、ゆっくり過ごせる環境があるからです。
私も実際に川沿いのベンチへ座り、何十分も景色を眺めていました。
特別なイベントがあるわけではありません。
それでも、時間を忘れてしまうほど心地よい空間でした。
都市の魅力は、施設の数ではありません。
どれだけ長く滞在したくなるか。その「滞在価値」が、人々の満足感を生み出しているのだと考えます。
3.日本の水辺も、もっと暮らしに開くことができます
日本でも、水辺を活かした先進事例が少しずつ生まれています。
例えば東京・天王洲では、運河沿いにボードウォークやレストラン、水上アクティビティが整備され、水辺を楽しむ日常が育ち始めています。
全国各地で水辺活用の可能性を模索されていますが、実際には制度や管理の壁も多く、大阪など一部地域を除けば大きな広がりはまだまだこれからだと思います。
メルボルンを歩いて改めて感じたのは、水辺活用とは土木技術の問題だけではないということです。
重要なのは、「人がどう過ごすか」という視点です。
カフェがあり、ベンチがあり、芝生があり、イベントがあり、音楽が流れる。
そうした小さな工夫が積み重なることで、水辺は街の魅力そのものになります。
これからの成熟社会では、水辺は防災施設であると同時に、人々の暮らしを豊かにする公共空間でもあります。
都市に残された最も大きな余白である水辺を、どう暮らしの中へ取り戻していくのか。
それは、日本の街づくりにとって大きなテーマになるでしょう。
次章では、水辺と同じように人々の滞在を生み出している「広場」に注目します。
メルボルンでは、広場はイベントのための空間ではなく、日常を楽しむための空間として設計されていました。その「居心地の作法」を探っていきます。
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