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第9章 情感資本という新しい豊かさ 情感資本によるしなやかな社会づくり ⑨

  • 8月19日
  • 読了時間: 3分

【内容】

1.豊かさには、もう一つの「資本」があります

2.MINYOは情感資本を育てます

3.成熟社会は、情感資本を育てる社会になります

 

 

1.豊かさには、もう一つの「資本」があります

これまで私たちは、「豊かさ」をさまざまな資本によって支えられてきました。

お金や土地、建物といった資産は「経済資本」です。

人と人との信頼やネットワークは「社会資本」と呼ばれています。

どちらも、社会にとって欠かせないものです。

しかし、成熟社会では、それだけでは説明できない豊かさがあります。

例えば、「この街へ帰ってくると安心する」という気持ち。

「この人たちと一緒にいると元気になる」という感覚。

「この店があるから、この街が好きだ」と思えること。

これらは、お金では買えません。

人とのつながりだけでも説明できません。

そこには、その場所で積み重ねてきた思い出や、共に過ごした時間、分かち合ってきた喜びや哀しみがあります。

つまり、人や地域には、長い時間をかけて育まれる「情感の蓄積」があるのです。

私は、この蓄積を「情感資本」と呼びたいと思います。

情感資本とは、人々が暮らしの中で分かち合ってきた情感が積み重なり、人や地域の生きる力となったものです。

それは目には見えません。

しかし、人がその街に住み続けたいと思う理由や、人と人とが支え合おうと思う気持ちの土台になっています。


2.MINYOは情感資本を育てます

では、情感資本はどのように育まれるのでしょうか。

私は、その答えがMINYOにあると考えています。

MINYOは、暮らしの中の感情を、みんなで分かち合える文化へと育てる現代の作法です。

一緒に街を歩く。

同じ本について語り合う。

季節を祝い、人を迎え入れる。

その一つひとつは、とても小さな出来事です。

しかし、その小さな出来事は、人の心に残ります。

「また来たい。」

「また会いたい。」

「この街が好きだ。」

そうした気持ちは、一度で生まれるものではありません。

何度も繰り返される暮らしの中で、少しずつ育っていきます。

だから情感資本は、行政が整備することも、お金で買うこともできません。

人々が暮らしの中でMINYOを実践し、情感を分かち合い続けることで、初めて育まれるものなのです。

日本文化が長い時間をかけて育んできたのも、まさにこのような豊かさだと考えます。


3.成熟社会は、情感資本を育てる社会になります

これからの社会では、人口や消費だけを競う時代は少しずつ終わっていくでしょう。

もちろん経済は大切です。

効率も必要です。

しかし、それだけでは、人は幸せにはなれません。

どれだけ便利な街でも、人との関わりがなく、思い出も育たなければ、その街に愛着は生まれません。

どれだけ立派な施設があっても、人々の情感が共有されなければ、文化は育ちません。

だから成熟社会では、「何を持っているか」以上に、「どのような情感を育んでいるか」が重要になります。

人が人を思いやること。

季節を楽しむこと。

地域を好きになること。

人生の節目を共に祝い、悲しみを共に支えること。

そうした日々の積み重ねが、人と地域の中に豊かな情感資本を育てていきます。

私は、この情感資本こそが、成熟社会における新しい豊かさだと考えています。

そして、その豊かさを育てる現代の作法がMINYOなのです。

次章では、こうした情感資本が育まれた社会を、私は「しなやかな社会」と呼びたい理由について、最後にまとめていきます。

 
 
 

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