top of page

第5章 現代のMINYOという発明 情感資本によるしなやかな社会づくり⑤

  • 8月7日
  • 読了時間: 3分

【内容】

1.私たちは、新しい作法を必要としています

2.MINYOとは、現代の作法です

3.MINYOは文化を未来へ編集する試みです

 

 

1.私たちは、新しい作法を必要としています

これまで見てきたように、日本文化は長い時間をかけて、人々の情感を分かち合う作法を育ててきました。

民謡は歌を通して、人々の喜びや苦労を共有しました。

祭りは、一年の実りや願いを地域全体で祝い、共に生きる喜びを育てました。

民藝は、毎日使う道具を美しくすることで、暮らしそのものを豊かにしました。

社寺は、人生の節目に立ち止まり、自分や家族、地域とのつながりを見つめ直す場でした。

しかし、現代では、そのような作法に触れる機会が少なくなっています。

地域とのつながりは薄れ、祭りや民謡に参加する人も減りました。

暮らしは便利になりましたが、人と自然に情感を分かち合う場面は少しずつ失われています。

だからといって、昔の文化をそのまま復活させればよいとは思いません。

現代には現代の暮らしがあります。

必要なのは、日本文化が育んできた知恵を、現代の暮らしに合う形へ編集し直すことです。

私は、その新しい作法を「MINYO」と呼びたいと思います。


2.MINYOとは、現代の作法です

私は、本書の中でMINYOを次のように定義します。

MINYOとは、暮らしの中の情感を、みんなで分かち合える文化へと育てる現代の作法です。

ここでいう情感とは、喜びだけではありません。

誰かと出会って嬉しかったこと。

季節の移ろいに心が動いたこと。

仕事に悩んだこと。

街を歩いて小さな発見をしたこと。

家族との何気ない時間。

そうした日々の出来事の中には、多くの情感があります。

しかし、そのままでは個人の体験で終わってしまいます。

昔の日本人は、その情感を歌にし、祭りにし、器にし、祈りにし、人々で分かち合ってきました。

私は、その知恵を現代の暮らしに取り戻したいのです。

だからMINYOは、イベントではありません。

地域活性化の手法でもありません。

まして、一過性のブームでもありません。

人々の暮らしの中に生まれる情感を、もう一度文化へ育てていくための現代の作法だと考えます。


3.MINYOは文化を未来へ編集する試みです

「編集」という言葉には、「そのまま残す」のではなく、「本質を受け継ぎながら、新しい形へ生まれ変わらせる」という意味があります。

例えば、民謡を現代でも同じように歌うことだけが継承ではありません。

民謡が果たしてきた役割、つまり人々の情感を分かち合うという知恵を、現代の暮らしの中で新しい形に編集することが、本当の継承ではないでしょうか。

その一つが、コーヒーを片手に街を歩くことかもしれません。

住み開きで人を迎えることかもしれません。

まちライブラリーで本を介して人と出会うことかもしれません。

100人カイギで地域の人の人生に耳を傾けることかもしれません。

形は違っても、その本質は共通しています。

人々の情感を分かち合い、「この街が好きだ」「また会いたい」「ここで暮らしてよかった」という気持ちを育てているからです。

私は、これこそが現代のMINYOだと思います。

MINYOは、新しい文化をつくるものではありません。

日本文化が長い時間をかけて育んできた作法を、未来へ受け継ぐための「新しい編集」なのです。

次章では、このMINYOが実際の暮らしの中でどのような形を取り、人々の情感を育てていくのかを、具体的な事例を通して考えていきます。

 
 
 

最新記事

すべて表示
第7章 文化施設は街のリビングになる

― ビクトリア州立図書館に学ぶ文化サードプレイス ― 【内容】 1.図書館は「本を借りる場所」ではありませんでした 2.文化施設は人が過ごすための場所へ変わっています 3.街のリビングが都市の文化を育てます 1.図書館は「本を借りる場所」ではありませんでした メルボルンで最も驚いた施設の一つが、ビクトリア州立図書館でした。 もちろん、多くの蔵書を備えた歴史ある図書館ですが、実際に訪れて感じた印象は

 
 
 
第6章 居心地の良い広場には作法がある

― 人は広場ではなく「居心地」に集まる ― 【内容】 1.広場は「イベント会場」ではありません 2.居心地は小さな工夫の積み重ねから生まれます 3.滞在したくなる広場が街を育てます 1.広場は「イベント会場」ではありません メルボルンには大小さまざまな広場があります。 なかでも印象的だったのは、ビクトリア州立図書館前の広場やフェデレーション・スクエアです。 訪れた日も、多くの人が階段に座り、本を読

 
 
 
第5章 水辺は都市最大のサードプレイス

― ヤラ川が教えてくれた「滞在する街」のつくり方 ― 【内容】 1.ヤラ川は「眺める川」ではなく「過ごす川」でした 2.人が集まるのは、水辺ではなく「過ごし方」です 3.日本の水辺も、もっと暮らしに開くことができます 1.ヤラ川は「眺める川」ではなく「過ごす川」でした メルボルンを訪れて驚いたのは、ヤラ川が街の中心的な居場所になっていたことです。 休日になると、多くの人が川沿いを散歩し、芝生に座り

 
 
 

コメント


Copyright © FIACS, All Rights Reserved.

bottom of page