1. コロナ禍に伴う鉄道事業の苦境
2021年度の大手私鉄各社の鉄道事業は、旅客数が軒並み2019年度比で70%を割り込み、各社とも大きな赤字を計上しました。
鉄道事業は損益分岐点(固定費)が高く、旅客数が2割減少すると採算割れに陥ると言われます。業務改革などによる合理化や新規事業の立ち上げなどを懸命に模索していますが、それだけでは収益改善につながらず、値上げ申請が相次ぐと予想されています。
テレワークを体験し、通勤移動の無駄とストレスとを実感した都心ワーカー達が、コロナ収束後に全く元通りの就業スタイルに戻る、という事は期待できないというのが多くの有識者の見解です。
2. 阪急型モデルの崩壊
これまで大手私鉄各社は、沿線価値の向上を経営目標に事業を展開してきました。
沿線価値とは「利用者数×ブランド力(=高所得)」と定義されます。都心と郊外を結ぶ私鉄各社は「阪急モデル」と言われる「鉄道、宅地開発、都心商業」をセットにした事業経営で「住む、移動する、買う」という消費ポイントを抑えてきました。
宅地開発単体での収益が低くても、都心ターミナルの商業施設の利益や鉄道運賃を合算することで、安定した収益構造を構築してきたのです。この収益構造を元に、利用者数と自社ブランドの強化という沿線価値を高めることに注力してきました。
沿線価値は鉄道各社さらには各沿線によって異なり、東急田園都市線であれば「住みやすさ重視」、京急本線であれば「ビジネス利便性重視」、東武伊勢崎線は「観光重視」などが志向されてきました。いずれも都心通勤に付帯したライフスタイルを前提にしてきたのですが、その前提が崩壊したのです。
テレワークの浸透により、都心への通勤旅客数は大幅に落ち込み、収益の柱でもある通勤定期の解約も本格化しています。通勤帰りの立ち寄りや、定期券を利用した休日の都心ショッピングの機会を減りました。そして「どこででも働ける=どこにでも住める」という状況が、「通勤〇〇分」という住宅地の沿線ヒエラルキーを覆しています。
3. 10年前倒しの事業モデル転換
少子高齢化が進み、首都圏でも2030年頃を想定した近未来には沿線人口の減少が深刻化するため、各社とも対策を検討していました。その近未来がコロナ禍により、10年前倒しで到来することになりました。
「都心通勤に付帯した沿線価値そのもの」を抜本的に見直す必要がある状況です。今シリーズではこの認識のもと、歴史的変遷を踏まえて、次世代の沿線価値について考察します。
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