新型コロナウイルスのパンデミックにより、都会人のライフスタイルが大きく変容しました。職場ではテレワークが始まり、学校では遠隔授業が始まり、それぞれ定着してきました。
オンラインの可能性の拡大によって、仕事も日常生活も大きく変容したのですが、これは従来の常識を打ち破り、不可能だと思われていたことを実現化したという「コロナパンデミック」の「功」だったといえるかもしれません。
では、これでリアルなオフライン環境が必要なくなってしまうのでしょうか?
そうではないと思います。モノゴトには「情報」という文明的要素と共に、「情緒」や「感情」というデリケートで文化的要素が秘められています。「情報」だけなら、オンライン環境で簡便かつ的確に伝えることができますが、「情緒」あるいは相手の持つ「オーラ」といった「文化的」な「空気感」は伝わりきれません。つまり、リアルな出会いがあった後のオンライン・コミュニケーションでは、相互の想像力によってビビッドなミーティングになり得ますが、いきなり未知なる相手同士のオンライン会話ではなかなか実りの多い話し合いは困難だと思います。そのためにもまずリアルな出会いによる相互理解は必ず必要です。
しかしそれは、今までの仕事場での、無味乾燥な出会いとは違うものです。自由なアクセスができるフレキシブルなオフィス、自由にデバイダーを動かすことで、カジュアルからフォーマルまで、様々なスタイルのミーティングができるスペース、つまり今までのオフィスのイメージを打ち壊す空間が必要なはずです。またスタッフのためには、健康管理をはかるメディカル空間や、トレーニング空間、仕事が行き詰まったり、疲れたときの仮眠や瞑想といったメンタルスペースも必要かもしれません。「オン・オフの融合」つまり「文明と文化の融合」こそが、ビヨンドコロナ時代のテーマでしょう。
日本の都市生活者の住環境は、以前から「ウサギ小屋」と揶揄されていたのですから、テレワークに移行するとしても、十分なワーキング環境を家の中に作ることが難しい人が大半です。そのためには、ライフスタイルや業務条件に応じて、都心で余ってくるオフィス空間を居住空間に変えて住む「職住一体化」対応もあり得ますし、リモートワークが可能な通信環境さえあれば、より遠隔地にスペースをたっぷり取った住居を構えることによって、「職・住・遊・休・知」 といった要素が自由に絡み合うライフスタイルやワーキングスタイルを作り上げることもできるわけです。ビヨンドコロナの価値観は、20世紀の常識の否定=否常識によって練り上げられる可能性に満ちていると思います。
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